たらこな日々

Being in the "Now"

スピリチュアルな英語 "The Time When Buddha Told About the Blind Men" - an inspirational journey

情報源を増やすために英語を勉強しています。

世界には日本語に翻訳されていない書籍や情報がたくさんありますよね!

私は特にスピリチュアルな情報にフォーカスしています。

最近はお気に入りの動画を見ながら勉強しています。

好きなことを組み合わせると英語の勉強が楽しくなります!

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昔々、仏陀の弟子が仏陀に質問しました。「この僧院には多くの隠者や学者が住んでいて常に論争を繰り広げています。ある者は世界は無限で永遠であると言い、ある者は世界は限定されていて永遠ではないと言い、ある者は魂は肉体とともに死ぬと言い、ある者は永遠に生き続けると言います。彼らについてどう思われますか?」

仏陀は答えた。

「昔々、ある国王が召使いを呼んで僧院にいる目に見えない男たちを集めて象を見せてやってくれと頼んだ。召使は言われた通り僧院にいる盲人を集めた。

召使は集まった盲人に『ここに象がいる』と告げた。

そして、ある者には象の頭を、別の者には耳を、また別の者には胴体、足、背中、尻尾、尻尾の房と、それぞれ別々の場所を触らせて『これが象だ』と告げた。

国王は盲人たちに『象とはどんなものか教えてくれ』と一人一人に尋ねた。

頭を触った男たちは象は鍋のようなものだと答えた。

耳を触った男たちは象はふるいのようなものだと答えた。

牙を触った男たちは象は鋤(すき)のようなものだと答えた。

他の男たちは、胴体を触った者は穀倉、足を触った者は柱、背中を触った者は乳鉢、尻尾を触った者はすりこぎ、尻尾の房を触った者はブラシだと答えた。

すると男たちは『いや、違う!』『象はそんなものではない!』『そうだ、象はそういうものだ!』などと叫んで喧嘩を始めた。

これと同じ様に、さまざまな見解を持つ説教者や学者たちは、盲目であり、見ることができない。その無知ゆえに、彼らは本質的に短気で、喧嘩っ早く、口論好きで,それぞれが『現実はこうだ!』だと主張している。

仏陀はこの意味を表現する詩を口にした)

伝道師や僧侶など名誉ある名前を名乗る者たちは固執するが故に争っている。それぞれが自分の見解に固執し、そのような者たちは物事の一面しか見ていない。

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disciple 弟子

Savatthi インドのシュラーバスティー(舎衛城,舎衛国)にあった僧院
hermit 隠者、隠とん者
scholar 学者
indulge in ~にふける、夢中になる
constant 持続する、繰り返される
dispute 議論する、口論する
infinite 無限の、果てしない
eternal 永遠の
and so forth (=and so on) ~など
raja〔インドの〕国王、支配者
servant 召使
assemble 集める、集合させる、招集する
trunk 象の鼻
tuft of the tail 尻尾の房
Thereupon その後すぐに
winnowing basket ふるい
tusk (象などの)牙
plough 鋤(すき)
grainery 穀倉
mortar すり鉢、乳鉢
pestle 乳棒、すりこぎ
blows over(事態などが)静まる、過ぎ去る、収まる
In one's ignorance 無知のため
quarrelsome 短気な、喧嘩好きな
wrangling 口論、論争
disputatious 論争好きな
cling 執着する、固執する
monk 修道僧
folk 人々

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みな自分の立場から物事を見て聞いて感じていますよね。

なので物事の「定義」や「考え方」について議論をしても物別れになる可能性があります。それぞれに異なる視点や見解があることを理解しようとしない人とは距離を置くのが無難かもしれません。